ANDADURAの工房は高梁川が流れる、岡山県総社市と高梁市の間くらいに
あります。水内橋という橋を超え、4キロほど山を登ったあたりにあります。
工房の少し裏には、若水山古墳という古墳があります。
なので、年に数回は古墳を見に来る人がやってきます。
工房の山側には山本城というお城があったらしく、
工房の隣には、山本城の城主のお墓があります。
なので、年に数回はお墓まいりに来る人や歴史好きの人ががやってきます。
工房のある場所の屋号は若水といって、山本城に水を運んでいたらしく、
場所との縁を感じるところです。
年に何度も古墳やお墓に来る人がいて、
「何してんの?」って感じで声をかけられる事があります。
古墳好きな方や、歴史好きの方はお話好きの方が多く、
僕もこのあたりのことについて、あれこれ聞いたりもします。
この場所では、昔スイカがよく作られていて、立派なスイカだった話や、
山本城を発見したのは、工房のうらの渡辺さんのひいおじいちゃんである事、
なんかも知りました。
そんな中でも、ある日に来たおじちゃんは、
「あそこ見える高梁川、昔どんな風だったか知っとるか?」
「あんま変わんないんじゃないですか?」
「昔はな、高梁川から金比羅に向けて船がでよったんじゃ。」
「めちゃ楽しそうじゃないですか?」
「そんでな、このあたりの川沿いには賭場がたくさんあってな、
田んぼや土地なんかを賭けよったんじゃ。見えるじゃろあの辺りに
賭場があったんじゃ。この辺の主要産業は賭場だったわけじゃな。」
「土地賭けてたんですか、破天荒ですね。」
金比羅へ船で行く旅路は想像するよりずっと破天荒なもので、売春防止法が制定される、
昭和30年頃まで続いてようで、僕が生まれる30年くらい前とは思えない、
遠い昔の話を聞くようだった。
みんながみな、賭け事に勤しんでいたわけではないだろうけど、
人の気質も土地の成り立ちも、今とは全然違うんだなと思い、
改めて高梁川を眺めながら、そんな風景を想像したりする。
また30年くらい経った時には、
「あそこにな、コンビニゆうもんがあってな。」
などと僕が若者に話していてもおかしくない。
ひとつの場所に長く住むと、ひとつの風景を見るにしても、
いろんなレイヤーが重なり、視野の肌理が細かくなっていく楽しさがある。
農作物や植物や昆虫や動物や、神楽や神社仏閣や習慣などの人間の営みを知り、
想像しながら、風景を眺めるのが楽しい今日このごろです。
高梁川を眺めつつ、諸行無常を感じたりして、
「かりそめ、かりそめ」などとつぶやいたりもします。
農作物や植物や昆虫や動物や、神楽や神社仏閣や習慣などの人間の営みを知り、
想像しながら、風景を眺めるのが楽しい今日このごろです。
高梁川を眺めつつ、諸行無常を感じたりして、
「かりそめ、かりそめ」などとつぶやいたりもします。